丹波篠山とくさんシリーズ 篠山牛のおはなし

丹波篠山とくさんシリーズは1990年頃当時の篠山町農協が丹波ささやまの特産物をおはなし風につくったものです。さし絵はひのもとはじめさん。

日本の牛の起こり

お祖父ちゃん、ぼくんとこの牛はいつ頃からおるんじえ。

地球は大昔海に覆われとってなぁ、陸地は約1億7500万年前に海の底から盛り上がってできたもんなんや。その時は、日本も大陸と地続きになっとってなあ、新第三紀に牛の先祖が移動してきたもんなんや。

そしたらそれを大昔の日本人が飼いはじめたんけ。

いいや、大陸からきた人々が家畜の牛をつれて日本にきたそうや。それから日本でも牛を飼うようになってきたんやでぇ。

丹波牛の歴史

そしたらそれを大昔の日本人が飼いはじめたんけ。

今からなぁ、670年前の河東牧童という人が聞いた手記に “丹波の牛、骨細く、宍かたく皮薄く角爪ことにかたく、はなの孔広く、逸物多し・・・”」 とあるさかい、その時にはもうおったんやろなぁ。また、応安の時代には京の都で車牛として多く使われて、 大評判やったんやて。丹波の牛は、おとなしくて粘り強いし、力持ちやさかいに、ほんで百姓が飼い始めたんや。

ほんなら人と牛は長い付き合いやなんやなぁ。

牛にまつわる話

篠山牛を食べて元気100倍になった話があるんやでぇ。
安土桃山時代、織田信長が明智光秀に丹波の国八上城の波多野秀治を攻めさせたんや。ほんでなぁ、それは長居い間戦になったそうや。
波多野勢はだんだん食糧不足になってなぁ、こまってとうとう命令を出して、地元の牛をとりたて、その牛を肉にして見方に食べさせたんや。
そのおかげで城兵たちは元気を取り戻して一挙に明智光秀の大軍を破り、適は身もかまわず京まで逃げ帰ったそうな。

よっぽど牛肉がおいしいて力が出たんやなぁ。

牛と生活

牛は人のくらしに深う関わっとるんやろ。

そうやでぇ、元旦には家の主人が朝早く起きて、牛が寝ている方向からその年の縁起のよい方向を決めとったんや。

人よりも先に雑煮を祝って食べさせたったんやろ。

せや。またな、牛が夜鳴くと火事があると言われたり、牛に追いかけられる夢を見たら風邪をひくと言われたりもしとるなぁ。みんな牛をなぁ、ほんまに大事に飼うとるんや。毎年1月28日には大日神社に牛をつれてお参りにいってなぁ、牛が病気にならんように、また、牛から福徳の御利益があるようにお祈りをしたもんや。田を耕しながら、牛を肥やして売り買いすることは、百姓の大事な仕事にもなっとるんやでぇ。

特産丹波篠山牛

なんで篠山の牛肉はおいしいんじぇ。丹波篠山ゆうたら、“神戸ビーフ”のふる里として有名なんやろ。

それはなぁ、丹波篠山は昼と夜の温度差が大きいさかい、牛が肥えやすいんや。また、きれいな水と豊かな自然の中で、百姓が丹精こめて育てとるさかいなぁ、風味のあるよい牛肉になるんやでぇ。

牛と土づくり

またなぁ、牛を飼うてそのきゅう肥を田畑に入れるとな、良い土ができて立派な作物ができるようになるんや。

昔の人は“良作するなら牛を飼え、牛は百姓の宝や”言うとったんやろ。

そうや、よう知っとるなぁ。黒大豆も山の芋も良い土からは良いものができる。

ほんなら、牛を飼うたら、おいしい牛肉や良い土だけやのうて、立派な作物までできてほんまにええことばっかりやなぁ。

せやから、これからもええ牛をようけ飼うていかんとあかんのやでぇ。

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